読書後記

『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第三回受賞者の著作』

一田和樹 「もしも遠隔操作で家族が犯罪者に仕立てられたら」

格差の中で疎外され痛められ、SNS等で殺人予告をした、として誤認逮捕され、真犯人が逮捕され釈放されてからも精神的に追い込まれて自殺した女性に共感を覚え、自らも差別され疎外されている状況の中で、サイバーテロ…司法の崩壊 を実行しようとする男。その行動の予習として犯人に仕立て上げられ、逮捕される石野の父。父が逮捕され、逮捕の理由すら示してもらえない中で何とか父を救えないかと模索する石野巧巳。

石野巧巳が専門家に相談しながら行動する中で、警察の強引な操作・自白中心の捜査・マスコミへのリーク・場合により証拠の捏造、等々の現在のシステムの不備、冤罪を生む構造などが示される。また、個人情報が他国に管理され、漏洩も発生している事実も。

この小説上の事件は、あくまでフィクションである。しかし、現実を見てみると、SNS・電話などを通してのネット上の犯罪(詐欺行為など)はたえず発生している。私の経験からしても、わけのわからないサイトへアクセスさせようとするショートメール、高額な支払いを要求するメール、Facebookでの友人のアカウントを使ってのなりすましにより私の個人情報が抜かれそうになったこと、逮捕というようなところまでは至らなかったが、私のIPアドレスから著作権に触れるような発信があったというプロバイダからの警告。これだけの問題が起こっている。

この小説に書かれていることは、決して絵空事でなく、現実に起こりうるトラブルである。インターネットは非常に便利な情報発信・収集手段だけれど、ネット上での発信・情報データの入手、メールの送受信、など、この小説で警告されているようなことも十分起こりえる現実を知った上で行動しなければいけない事を気付かせてくれた。ネットへの警告の書として、一読を勧める。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第二回受賞作品』

叶紙器 「加羅の橋」

プロローグの…“渡し守源兵衛、わが子殺し”の昔話はともかくとして、何となく気味の悪い・妖艶な、それでていて何か美しい、奇妙な情景描写…で何となくとっつきにくさを感じたが……後で、大阪大空襲下での出来事であり、この話の最も根幹の部分の場面だと分かったが……
本文に入ると、ある老人が、老人保健施設を変わることになり、その老人を引き取りに”さんざし苑”の介護士・四条典座が一人で向かうところから話が始まる。
ところが、この老人-安土マサヲ-は、今は、少し精神疾患を持ち認知症も患っているが、殺人者といううわさが広く知られていた老人だった。
マサヲの介護担当となった典座はとてもそんなことは思えず、スタッフ会議で退所に決まりそうだったのに異議を唱え、自分がその謎を解く、と言い切ってしまう。
ここから、マサヲの事件?の謎を解く話になっていくのだが……

少し不自然に感じたのは、一介の女性看護師四条典座に、探偵の役をやらせていること。
いくらマサヲに愛情をもって接しており、苑内でもマサヲが最も信頼しているようにとれる四条典座だが、そこまで、探偵調査をさせる立場にまで持っていくのは、話的には少ししんどい所があるように思った。ただそういう真摯な女性の行動ゆえに、米屋の主人真田の協力が得られたという面もあるかもしれないが……

マサヲの古い隣人たちの話を聞き、
・犯行の時刻には、マサヲは京橋にいた。
・子供二人の頭を抱えて、笑いながら歩いていたマサヲが桃谷で保護された。
・その間の20分程度の時間で、京橋—桃谷間は移動できない。
この矛盾・謎を解ければ、マサヲの無罪も可能性が出てくる。

大坂のいろんな資料館(図書館・下水道記念館、等々)で調査をしながら、移動経路としての“猫間川隧道”に目を向けていく。さらに乗り捨てされたオートバイにも。この辺は本格的謎解きのダイナミックな展開で、推理小説の楽しみだ。
また、阪神大震災下でのマサヲの孫2人が廃墟ビルの冷水塔の一角に閉じ込められそれをマサヲがハーレーダビッドソンを駆って助けに向かうという、ものすごくドラマチックな展開には、少し驚いた。そしてその様子をNHKの遠方監視カメラがとらえ、関係者がNHKのモニタールームで見守るという設定。
それを見守りながら、典座が真相を明らかにする、また、亡くなったマサヲの夫と手紙をやり取りしていたという謎の手紙の相手…畑笑子…が現れ、いきさつを語る……という展開は非常にダイナミックで、一気に盛り上がり感を感じた。ただ子供2人を救うための救助活動のモニターTVを眺める間での展開としては、話としてはそうせざるを得ない構成なのだろうが、少し時間的な面で無理がありそうな感も受けた。

いずれにしても、なかなかの読み応えのある話だった。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第一回受賞作品』

松本寛大 「玻璃の家」

何となくとっつきにくい、殺人事件の犠牲者の念を描くようなエピローグ、そして、廃墟を訪れる少年と、死体処理の目撃。どう話が進むのだろうと思いつつ読み進める内に、どんどん引き込まれていった。
死体処理を目撃し、逃げ出そうとして音を立て、犯人に気づかれ、逃げようとした時少年と犯人は鉢合わせする。
事件の捜査として、当然この10歳の少年コーディの目撃証言が最重要になってくるのだが、少年は人の顔が認識できない。少年は、”相貌失認”と言う障害を持っていた。
少年の障害がどの程度のものなのか、またその障害の状況は?と言うことに関して、警察からの要請でスタッブズ大学の脳神経学科ヘインズ教授による検査が始まる。
またヘインズのアドバイスにより”他の専門家の意見も聞いた方がいい”と言うことで、心理学部の研究者トーマのところに話が行き、彼がこの事件の解明に協力することになる。
一方、”なぜリリブリッジ邸まで死体を運び、焼いたのか?山に埋めるなどした方が発見される確立が少ないのでは?”と言うトーマの疑問にあるように、1968年のヒッピー達がリリブリッジ邸内で死んだ事件。1937年の列車事故とリリブリッジの双子の弟が射殺された事件。が語られているが、この2つの事件が今回の事件とどう関係しているのか?

ネットでの書評では、余り称賛されていないものがいくつか散見された。
確かに話の途中から、犯人らしき人物がそれとなく推定できるし、状況証拠も結構示されている。殺人事件の犯人探しという観点からは、それで十分かもしれない。
しかし、目前で犯人に相対した少年の証言は、決定的に重要なものであるし、顔は認識できなくても雰囲気は認識できそうだという少年の証言を、どのようにして決定的な証言にしていくのか?
そういう目線で捉えると、少年の心理的な変化の描写も含めて、実に興味深い小説に仕上がっていると思った。

ただ、今回の殺人事件に絡んでくる過去の2つの事件は、特に人間関係の複雑さで、話の筋が少々理解が及ばなかった。外国人の名前は特に覚えにくい、というのは私だけかもしれないが、それが関係してか、わかりずらかった。

”相貌失認”と言う障害があるということを初めて知ったし、そういう障害の人が、他の人をどのように認識するのか?障害のない者からは、全く想像できないし、その障害を持つ人の話を証言として成立させていく過程が興味深かった。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第八回優秀作品』

松本英哉 「僕のアバターが斬殺ったのか」

なかなか斬新なアイデア、興味深い話の展開だった。
私は余り、ゲーム特にアクションゲームといわれるようなものはやらない。
しかしこのゲーム『ジウロパ』は、すごいアイデアの基に製作されている。近未来的にはできてきそうなゲームであり、大いに注目を浴びるように思える。
ヴァーチャルとリアルが重なったような世界で、プレーヤー自身が遠隔で、またその重なったような世界で実際に動きながら、探索・闘争を繰り広げる。すごいアイディアである。
ただし、この話の醍醐味は、そういうゲームのすばらしさだけでなく、ヴァーチャルの世界で起こる闘争による殺人がその殺人場所と重なるリアルの世界でも、ほぼ同じような殺人として起きる、ということ。つまり、ヴァーチャル世界のアバターとそのアバターを繰る生身の人間が、その二つの世界が重なる場所にいた時、遠隔操作された他のアバターがそのアバターを闘争の結果殺すと、殺されたアバターの元の生身の人間も殺されるという事件が起きる。しかも同じような斬殺方法で。まるで、ヴァーチャル世界のアバターがリアル世界に抜け出し、生身の人間を殺してしまうように見えるのだ。
しかも斬殺を犯すアバターを繰る主人公は、殺されるアバターの持ち主と過去に因縁があった………。
こういうすごいアイデア、ゲーム『ジウロパ』を生み出したクリエーター蜂須賀裕樹は自殺(?)しており、ネットではそこへ追い込んだ者として、三人が名指しされていた。
主人公はその自殺の原因が自分にもあるように感じ、蜂須賀の死ぬ前のメッセージから、その遺書がゲームの中に存在すると信じ、それを追い求める。
その過程で、偶然三人の一人と出会い、諍い・闘争の結果、自分のアバターが斬殺される前に、相手(アバター)を殺す。ところが、そのアバターを繰っていた相手が死体で発見される。まるで主人公のアバターがその相手を殺してしまったみたいな………!!
常識で考えれば、アバターが生身の人間を殺すことなどありえないのだが、このゲーム『ジウロパ』の素晴らしい出来、そこに生まれてきた都市伝説「呪われたアプリ」のうわさ。
主人公がまるで自分が、自分のアバターが人を殺したような心理に陥っていく……
殺人事件の起こる状況として、すごいアイデアを思い付いた作者に感心する。
最後のエピローグで語られる自殺の真相は、ちょっと平板な気はしたが……
「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」優秀作を受賞しただけの、読み応えのある小説だった。